果鈴版 大石兵六物語D
兵六が菖蒲谷まで来たとき、鞍馬天狗の落とし子と言われている鞍馬小坊主に取り囲まれてしまいました。
それは目・鼻・口がどこにあるのかはっきりしない毒々しい肌の色をした裸の小坊主でした。
体中タコのように吸い付かれたり、巻き付かれたり、引っ張られたり、刀を抜いて追い払ってみても次から次に吸い付いて、しまいには手足を捕えられて散々な目に合いました。
とてもかなわぬと思った兵六は、一生懸命お経を大声で唱えると、不思議なことに小坊主たちは見る見るうちに皆消えてしまいました。
落ち着いて周りを見るとそれは小さな松茸でした。松茸は無残に踏みにじられそこら中に散らばっていました。
なんとまぁ〜自称薩摩一の勇者様はつまらぬ恐怖心にたぶらかされていたのです。
ようやく七曲までやってきたとき、金竹山の茂みからスイカに目と口をつけたような間抜け面の化け物が両手を大きく広げて兵六の前に立ちふさがりました。
「我は円観坊の一人息子、ぬっぺっ坊と申す者」
「今宵は大石殿に是非、ご先祖の吉良邸討ち入りの時の手柄話を聞かせてもらいたい」と飛びかかってきました。
しかし今度は少しも恐れず、「自分の心の迷いでこんな物が見えるのだ」と思い
「おのれ性悪キツネめ、畜生のくせに人をだますとは言語道断!」
「おまえなど打ち殺して、兵六の腕前見せてくれるわ!」と刀で斬りつけました。
その勢いに恐れたのかぬっぺ坊はスゥ〜と消えてしまったのです。(夜が明けてからわかったことですが兵六が刀で斬りつけたのは田の藁積みだったのです)
秋の気配が漂う関屋谷の奥深い山の中の吉野原に、いつの間にか生臭い風が吹き、天地は震え、火の雨が降り、桜島のご神火が燃え盛る時のようになってきました。
兵六は気味が悪くて松の木陰に隠れて様子をうかがっていました。
すると眼はキラキラとミラーボールのように輝き、腹は黄色で虎の皮のような趣味の悪い模様が付いて、背中は真っ黒でニガウリのようなイボがあり、鼻はツンと豚のように上を向き、口は大きく、舌はヘビのように長いガマの化け物がどっしりと口から火を噴いて出てきました。
「兵六、薩摩隼人の名が泣くぞ!隠れていないで出て来い!」
「俺様はガマの冠者の弟でガマの牛わく丸じゃ」
「お前を征伐するために、牟礼が岡からわざわざ来てやったんだ!隠れるとは卑怯だぞ」と飛びかかってきました。
呑みこまれそうになった兵六は、勇気も力も尽き果てて「大石兵六の運もこれまでなのか」と、泣き伏しました。
牛わく丸は、兵六を両手で押さえ一気に呑みこもうと兵六に顔を近づけたそのとき、突然牛わく丸は悲鳴をあげて苦しみ消えてしまいました。
腹ごしらえに食べた仏前のお供え飯が兵六を牛わく丸から助けたのでした。