果鈴版 大石兵六物語E
兵六は、鹿児島に戻り、時を待って計略を立直そうと家路についていました
すると関屋谷の岩木橋を渡りかけたとき、橋の下から二股の大きなハサミをもった毛むくじゃらな手が伸びてきました
そして兵六の足をしっかりとはさみ
「おれは百人一首の山部赤人ならぬ山辺赤蟹だ!」
「あの柿本人麻呂にも劣らぬ歌詠みだ、逢えたことを喜べ!ガッハハハ」
そういうと赤蟹の化け物は得意そうに歌を詠み始めた
『このやっこ行くも帰るも捕らまえて、引くも引かぬも足柄の関』
兵六がすかさず歌を詠み返しました
『かささぎの渡せる橋に住む蟹の 赤きを見れば身ぞ冷えにける』
すると赤蟹は「さても風流に詠んだのう、たいした奴だ」と、はさんでいた足を離し消え去ってしまいました
暗い夜道をさまよって歩いているとどこからか声がしてきました
「これこれ、この夜中にどこへ行かれます?」
「この先は物騒ですから今夜はここで一晩ゆっくりと過ごしなさいな」
「おいしい粟の粥など作って暖めてあげましょう」と声をかけられました。
見ると、頭にシュロの皮のような髪をつけ、唇は真っ赤に紅を塗り、額には枯れ木のようなカンザシをつけた大女でした。
その時、大石家の氏神が現れ、
「兵六よ、粥がどろどろ鳴ったらさっさと逃げろよ。あれは山姥じゃ」といいました
兵六はびっくりして、南無妙法連華経と一心不乱に神仏に祈りながら必死に逃げました。
すると髪を振り乱して追いかけてきた山姥は、苦しそうにもがきながらキツネの正体を現し、よろよろと山の中へと消えてしまいました。
一晩中化け物に苦しめられた兵六は、吉野山の麓でとうとう古キツネを見つけ、捕まえました。
そして太刀を抜き、切りつけようとしたその時、「「おい待て兵六、はやまるな」と、父親の兵部左衛門が現れました
「これ兵六、親に内緒でキツネ退治とは何事だ!」
「つまらぬ男の意地か?世の物笑いになるだけだぞ!」
「それに今夜は、氏神さまを祭る大事な日、殺生してはならん!」
「罪深いことだぞ、そのキツネを殺せばお前は不幸になるぞ」と涙ながらに兵六にいいました
親の一言は山よりも重いと、兵六はキツネを逃がしてやりました。
ところがあたりをよく見ると、山のようなキツネの糞があるだけで、いつの間にか父親の姿も消え失せていました
兵六はまたまた化かされたと悔しがり、「この恨み、晴らさずにおくものか」とキツネを追いかけました